名古屋市営地下鉄「栄駅」の8番出口は「サンシャイン栄」に直結している。
「サンシャイン栄」は京楽のパチンコ屋に、ブティック、レストランなどが入った複合施設、外側に大きな観覧者が引っ付いている。
かって、そこで「優子がゼッタイ」という番組の公録が行なわれていた。
「優子がゼッタイ」小倉優子初の冠番組。中京TV制作のバラエティー番組。
2005年2月から06年4月にかけて放送。始めの4回はスタジオ収録、以降06年3月までサンシャイン栄3階のCafe「Soy-ya」で公開収録が行なわれた。
開始当初は「流行らせたい物」、主にゲームだったが、を色々紹介していく番組、末期は手品番組と化していた。
番組HPがまだ残っている。
メインキャストは小倉優子、柳沢慎吾、宇惠さやか、の3人。それに毎回ゲストのお笑い芸人が絡むという内容だった。
彼女等は色々な事務所の若手タレントさんな訳だが、番組の主役ゆうこりんの事務所アバンギャルドからも2人(3人の時もあったと思う)起用されていた。
公開収録は全部で25回行なわれているが、自分はその内多分22回を見た。
その殆どに来ていたのが渡辺結花である。殆どと書いたが全部だったかもしれない。
当初、アバンギャルド枠は固定されておらず、彼女ともう一人、自分の記憶の範囲では村山亜佐美、仲村かすみ、小澤麻理耶、そして浜田翔子などが起用され、
このBlogの姫様、結城かなも2回来ているが、
05年秋頃からは北村ひとみが、彼女と共にアバンからのレギュラーとしてほぼ固定されることになる。
この公録が2週間に一回のペースであった。
向こうは大変だったろうと思う。サーキット、撮影会、チャットビに加えて「ゼッタイ」。
公録は火曜の午後、たまに変更された事もあったが、どちらにせよ平日の午後に行なわれていた。当時、小倉優子さんのどちらかと言うと熱心なファンだったが、毎回休みを取り、週末は週末でイベントに参加するのはこちらも大変だった。
この過程でスケジュールやちょっとした人間関係の煩わしさも手伝ってか、小倉さんから大分気持ちが離れてしまった。勿論姫様(結城かな)と出会った事が最も大きいのだが、その辺りは前にも書いているが、実の処この公録で出会った訳ではない。
廊下を紐で仕切った通路を通って出演者は会場入りしていた。
ゆうこりんや、メインキャストが通る時は人で一杯になる、
メインキャストの会場入りの前、人がまだ集まる前に彼女等ゼッタイガールズは会場に入り、リハーサルをし、メインキャストが出て人がはけた後会場を出る。
収録は「Soi-ya」というカフェの備品をとっぱらっておこなわれていた。観覧者はカフェの全面ガラスの壁越しに自由に観覧出来た。通りすがりの人も多かったが
「ゆうこりん、可愛い」という言葉は何度も聴いたが、後の彼女等について語る人は多分いなかった。「番組に華を添える」といってもこの番組の華はゆうこりん。
ところが、回を重ねるにつれ、おまけのような存在でそんなに活躍の場があったわけではない彼女等を見ている方が遥かに面白い事に気付いてしまったのだ。
小倉関係のしがらみみたいなものも多くあったしなかなか踏み切れなかったが、
会場で新しく知り合った人達との間の、
「こっちの方が面白いじゃん」と言える自由な雰囲気に後押しもされ自分は随分と違う処に行ってしまった。
去る4月27日Maxで彼女の撮影会が行なわれた、衣装の一つはウェディングドレス。この事が何かを意味するのか、それだけの事なのか俺には判らないし言及はしない。実の処、渡辺結花と多く接触があった訳ではない。それでも自分の手元にも彼女の画像は多く残っている。画像を貼って何か書いてみようと思ったがやはり「こんなもの」になってしまった。
あの頃ゆうこりんの後で鈍い輝きを放っていた女の子達、当たり前の事だが皆が小倉優子になれる訳ではない。それを思うと切ない気持ちになってしまう。
帰っていく彼女達に手を振ると大抵の子は手を振り返してくれたし、声を掛けると少し位は答えてくれた。
「ゼッタイガールズ」の衣装の上からモスグリーンのパーカーを羽織った結花ちゃん。「番組」のさよならは「ばいにゃん」と言って、猫のよう「ぐー」で手を振るものだった。
自分の記憶の中、俺に手を振ってくれる結花ちゃんの指はやっぱり少し曲がっているのだ。
