2009-12-05

高畠奈沙


高畠奈沙


縁、「えにし」と読みます。そういう名前のスタジオ。

微笑み

2009-12-07

杏

自分の女の子の写真は笑顔が少ない。別に笑顔が嫌いな訳じゃない。
このモデルちゃんも、普段喋っている時の笑顔とか可愛らしくて、この日も撮ってみたりするのだが、この娘に限らず、データから仕上げる段階で抜け落ち、blogにアップする段階で抜け落ち、ブックに収納される事は殆どない。自分の好みってのはもちろんあるのだが、古今東西の名画を見ても判る事だと思うが、笑顔っていうのは多少絵になりにくい処はあると思う。
無邪気に笑顔が最高とか書いているのを見ると、定型文以上の意味でそういう事を仰ってるのですか?とか突っ込みたくなるのだが、自分で壁を築く必要もないので、このblogも笑顔で一杯になる日も来る、、、かしら?(苦笑)

【微笑み】
人間:表情・感情表現
他の表情と比べても、内的な感情の発露としての側面が強く、本心からではない自然な笑顔を作るのは難しい。一方で、明示的な含意を示すために、しばしば意識的に作られた微笑みが使われる。これは双方が作り笑いであることを理解した上で成り立っている。
wikipediaより

撮影会というもの

2009-12-12

結城かな(KANA)

撮影会とは、思うに「笑天の大喜利」のようなもの。
御題を出されて回答を出す。「旨い、座布団10枚」。

あるblogに「撮影会で撮る写真なんて糞」と書いている方がおられた、俺は別にそんな風には思っていない。
写真に限らず「物を造る」スタンスとして「出会い」という物を軸として考えるなら撮影会も「あり」なんだと思うし、写真に限らず「物を造るという行為」が「笑天の大喜利」である側面をそもそも多く持っている。ネガティブな言い方をすれば大多数は「それ以上でもそれ以下でもない」が、それが間違いであるという事ではない。
個人でモデルを雇って撮影したとしても、自分の「内容」が同じなら、「糞」は「糞」のままなんだと思うし、一定の価値観にひたすらに奉仕を続ける事に何の疑問も無いなら撮影会だろうが個人撮影だろうがスナップだろうが風景だろうが、結局同じなんだろうなと思う。
表層に囚われず自分にとって「物を造る」とはどういう事なのか考える事は大切な事だ。
ところで、
どんくさい自分は「笑天の大喜利」ではとても座布団なんて貰えそうにない、
違う景色が見てみたい。
3年前のかなちゃんの写真、俺は何か変わったんだろうか。

メリークリスマス

2009-12-25

KANA(結城かな)
06 12 24 TOKYO


愛はいつまでも絶える事はない。しかし、預言はすたれ、異言はやみ、知識はすたれるであろう。
(コリント人への手紙 十三章八節)

091226京都ポートジャム

2009-12-31

高畠奈沙

1部は京都御所、2部は京都御所の南、堺筋通りを下りながら街撮り。画像は1部御所から。

高畠奈沙

何処で何を撮っても気がつく事がある。見えない物を見ようとする事、それが無いなら、そんな場所も、そんな人も要らない。
まだまだ、すぎる自分の写真だがもう少し来年は何とかしたい物です。

高畠奈沙
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